心から心へ いのちからいのちへ         講演のお知らせや 皆さんからいただいた感想をアップさせてもらっています 人のご縁や自然の中で生かされていることをちょっと心を緩めて書かせてもらいますね              
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    8月6日広島に 9日には長崎に原爆が投下されました

    【戦後70年 私達の足元を支え続けてくれた人達に
      ~正しいという名の鎧(よろい)はいらない】
    というタイトルでこの時期だからこそ季刊誌 み・ち 20号に書きました

    (その冒頭部分)

    終戦記念日が今年もやってきます。
    戦後70年。言葉にすると短いけれど、生まれた赤ちゃんが様々な体験をして70才のお誕生日を迎える年月です。

    戦争を体験した方々、戦場に行かれた方々が高齢になり、お亡くなりになる方も多い中
    「戦争のことを伝えていかなければ」と言っておられます。

    戦争の体験を聴かせていただくたびに、この方々のお気持ちをなんとか形にして伝えたいと思っていました。

    でも私は戦争を体験していません。
    戦争を体験していない自分が戦争のことを語ったり書いたりするのは、申し訳ないことだと思っていました。

    沖縄出身のバンドが「おじいやおばあに聴いた話を歌にして伝えたい」と一所懸命に歌っている姿。
    原爆の体験をおばあちゃんから聴いて、それを歌にして歌っている女性。

    その姿を見て「私も伝えていこう!自分なりの方法で」と思いました。

    一歩踏み出すことができたのは、その方達のおかげです。

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    ☆ 季刊誌 みち 
    http://book-michi.com/
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    広島 安芸高田市に講演に行った時 原爆ドーム 広島平和記念資料館に行ってきました

    3回目なのですが 毎回感じ方が違うなって思いました

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    今回 原爆ドーム前でボランティアさんの話をずっと聞かせてもらいました

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    平和記念資料館の中 被ばくした姿が再現されています

    原爆が落とされたとき 皮膚がズルッとむけてしまい爪のところで止まるために手から皮膚がぶら下がったこと

    被ばくした男の子達が校庭でみんなの前で裸にされて その後の身体がどうなるかアメリカの人によって知らべられたこと 

    当時それがうつるという間違った情報が流れ更に差別を受けたこと

    戦争について知らない子ども達が増えているから 戦争に対する意識が変ってきてしまっていることなど 生の声で聴かせてもらいました

    今年は終戦から70年 戦争を体験した方々がお亡くなりになったり高齢だったり その方々の声をなんらかの形で伝えていかなければと言っておられました 

    戦争を体験していない自分が戦争のことを伝えるのは申し訳ないと思っていた2010年 ひめゆりの塔に行って以来 考えが変りました

    戦争 原爆でこれだけ沢山の方がいのちをなくし 生き残った人達も心を引き裂かれるような悲しみがあった日本

    再現されたリアルな人形の写真は 怖いけれどあえてUPします

    被ばくされた方のもっとリアルな写真が資料館にありました

    でもその方も私達と一緒で幸せに笑って平和に暮らしたかったはず その気持ちを思うと ここにはUP出来ませんでした

    平和記念資料館 原爆ドーム 機会があればぜひ足を運んでいただきたい

    この方々の話にも耳を傾けていただきたいです



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    (広島市のhpより)

    平和記念公園内ではいたる所で、色鮮やかな折り鶴が見受けられます。
    折り鶴は日本の伝統的な文化である折り紙の一つですが、今日では平和のシンボルと考えられ、多くの国々で平和を願って折られています。このように折り鶴が平和と結びつけて考えられるようになったのは、被爆から10年後に白血病で亡くなった少女、佐々木禎子さんが大きくかかわっています。

     佐々木禎子さん(当時12歳)は、2歳のときに被爆しましたが外傷もなく、その後元気に成長しました。しかし、9年後の小学校6年生の秋(昭和29年・1954年)に突然、病のきざしが現れ、翌年2月に白血病と診断され広島赤十字病院に入院しました。回復を願って包み紙などで鶴を折り続けましたが、8か月の闘病生活の後、昭和30年(1955年)10月25日に亡くなりました。
    禎子さんの死をきっかけに、原爆で亡くなった子どもたちの霊を慰め平和を築くための像をつくろうという運動が始まり、全国からの募金で平和記念公園内に「原爆の子の像」が完成しました。

    その後この話は世界に広がり、今も「原爆の子の像」には日本国内をはじめ世界各国から折り鶴が捧げられ、その数は年間約1千万羽、重さにして約10トンにものぼります。


    8月15日 終戦記念日 これは以前の映像です 
    知花くららさんのおじいちゃんが 現地で孫のくららさんに最後だろうと語ってくれたそうです 
    「捕虜になることは恥だ」と教育されていて 自決しようとしてお姉さんの首をしめようとした話  

    知花くららさんリポート 集団自決

    戦争を体験した方々は 残念ですが年々少なくなっていきます 

    この人達のいのちに支えられて 今の暮らしがあることを改めて感じる8月15日

    取材の現場では いのちを惜しむかのように 蝉が一生懸命に鳴いています

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    8月16日 終戦記念日の翌日 平和に向けての新しい日
    戦争で亡くなっていった魂は今も私たちをずっと見守ってくれている 

    そして、自分もいつか この体を出て魂に戻る日がきたら、
    生きつづけてくれている人たちを 
    笑顔で見守りたい  
    たとえ 形には見えなくても・・・ 

    男たちの大和


    守り抜くと誓った
    死なないでと祈った

    もう会えない君を守る
    (男たちの大和より)

    close your eyes   クリックしてくださいね 戦争の頃の映像と close your eyes の歌が聴けます

    close your eyes

    それでもこの国をたまらなく愛しているから
    もう一度 生まれ変わったら 私の名を呼んでください


    寒さに震える夜も 流れる涙 つむぐ夜も
    もう一度 生まれ変わったら あなたを決して 離しはしない

    私の胸の中へ帰っておいで 
    気高いあなたの勇気を抱きしめたい
    ひそやかな海に咲いた白い花たちが 
    今 私のからだに折り重なる

    close your eyes 瞳を閉じれば 
    あなたが私に微笑みかけるよ
    close your eyes 瞳を閉じれば 
    希望へ駆け昇る あなたが永遠(とわ)に生きている

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    [2012/08/16 11:22] | 戦争
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    一休 
    海軍 特攻隊 戦場になった沖縄の話は よく耳にしたり、映像で見る機会がありますが、人間魚雷(回天)の特攻の映像は どこにも ありません!

    このことも、日本国民は もっと 認識すべきですよね!

    手段は違えども、国を思い 平和を願い 出撃した事実を!!

    だから、私たちは 今 ここに 生きている!

    感謝 (合掌)


    poku
    終戦から67年 書いてくれているように 手段は違っていても 国を守るため 平和を願い家族を守るために 出撃してくれた たくさんの方々 

    67年経った今の日本をどんな気持ちでみているのかと思うことがあります


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    8月15日 終戦記念日 67年が経ちました
    朝から蝉がにぎやかに ないています

    火垂るの墓より
    元ひめゆり学徒の女性から お話を聴かせてもらうために 何度か沖縄のひめゆり平和祈念館に 行きました 

    やはり生の声を 1対1で 直接 聴かせてもらえることは すごいなって思います
    ひめゆり学徒の女性の方々も 年を重ねて高齢になられています

    鹿児島の知覧(ちらん)から 行きの燃料だけを積んで 散っていった特攻隊の人たちのいのち

    海に身を投げたひめゆり学徒の人たち
    地上戦が行われた沖縄本島で 犠牲になった島の人たちのいのち
    原爆でなくなった たくさんの いのち
    今も原爆の影響で 苦しんでいる方々
    がま(洞窟)の中で、敵に見つからないように 泣く我が子の口をふさがなければならなかった母親
    手榴弾で 自らいのちを経った人たち
    生き残って本土に戻ってきてからが 本当の地獄だったと語る人たち
    メディアでは語られることがない内容

    多くのいのちがなくなった 戦争

    戦後、明日 少しでもたべることができるように
    野原ではなく、いつか屋根のあるところで 眠れるように
    赤ちゃんに御乳をあげることが できるように
    青春時代を投げ打って がんばって生きてきてくれた人たち

    私たちは、その人たちのいのちを受け継いで 生かされていること

    今日、わずか1分間でもいいから 多くのいのちに黙祷してみませんか

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