心から心へ いのちからいのちへ         講演のお知らせや 皆さんからいただいた感想をアップさせてもらっています 人のご縁や自然の中で生かされていることをちょっと心を緩めて書かせてもらいますね              
    大往生したけりゃ医療とかかわるな (幻冬舎新書)大往生したけりゃ医療とかかわるな (幻冬舎新書)
    (2012/01/28)
    中村 仁一

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    先月 京都の 中村仁一先生から 郵便物が届きました 

    「なんだろう?」と楽しみに封を切ると、先生が新しく出されたご本とお手紙 
    本の表紙を見て、「おおおおぉ」
    中村仁一先生らしい (中村先生は、71才 医師です)

    「大往生したけりゃ医療とかかわるな」
    「自分の死を考える集い」 という会を月に1回 京都でされてます
    中村先生との出会いは、平成10年 ささえあい医療人権センターCOML(コムル)さんの会でした
    長野生まれの先生がまだ未成年の頃、御父様が視力をなくし 先生はご自分で働き 学校に行くためのお金を稼ぎ、お医者さんになりました

    先生は、過去に模擬葬儀を主催されました ふざけた気持ちでの模擬葬儀ではなくて、実際のお寺での模擬葬儀
    自分があと数ヶ月を言われたということで、模擬葬儀の日まで 身近なものを整理します
    自分の死と向き合うことで、生きることを見つめ直すことなど
    それぞれが、自分の遺影にお線香 合掌 その後、棺にしばらく入ります

    「大往生したけりゃ 医療とかかわるな」 は、アマゾン2位になっていました(今日は、8位)
    和歌山市の書店でも、ベスト何位の本のところに置かれていました 
    先生は、「ネットもしない 情報も関係ない アマゾンのことなんて知らん」そういう中村先生です   
    私が未熟な説明をするより、読んだ方が先生の考えがわかります 

    1998年に出版された本のタイトルは これまた びっくり
    「幸せなご臨終―「医者」の手にかかって死なない死に方」


    下記は、amazonのページより(「BOOK」データベースより)3人に1人はがんで死ぬといわれているが、医者の手にかからずに死ねる人はごくわずか。中でもがんは治療をしなければ痛まないのに医者や家族に治療を勧められ、拷問のような苦しみを味わった挙句、やっと息を引きとれる人が大半だ。現役医師である著者の持論は、「死ぬのはがんに限る」。実際に最後まで点滴注射も酸素吸入もいっさいしない数百例の「自然死」を見届けてきた。なぜ子孫を残す役目を終えたら、「がん死」がお勧めなのか。自分の死に時を自分で決めることを提案した、画期的な書。
    中村 仁一 1940年長野県生まれ。社会福祉法人老人ホーム「同和園」附属診療所所長、医師。京都大学医学部卒業。財団法人高雄病院院長、理事長を経て、2000年2月より現職。一方、「同治医学研究所」を設立、有料で「生き方相談」「健康相談」を行う。1985年10月より、京都仏教青年会(現・薄伽梵KYOTO)の協力のもとに、毎月「病院法話」を開催。医療と仏教連携の先駆けとなる。1996年4月より、市民グループ「自分の死を考える集い」を主宰(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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    [2012/03/05 23:17] |
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    お尋ねします
    浦辺 恵子
    初めまして。長崎県に住んでいる、50才女性です。中村先生の本を読んで、是非、集いに参加したいと思いました。毎月第三土曜日の京都の何処の会場であっているのでしょうか?教えて下さいませ。
    また、他の場所(西の方)で開催されてましたら、そちらの情報も、お知らせ頂けたら嬉しいです。どうぞ、宜しくお願い致します。

    浦辺恵子さんへ
    poku
    第3土曜日 京都西院 ラポール4階 2時から4時だと思います
    中村先生は、ネットはしないので 情報が載っていないですよね

    とってもきさくで 楽しく明るい先生ですよ お話していると こちらまで明るくなります

    ネットで、調べたら9月30日 大阪でのご講演もありました。

    http://www.asahi-welfare.or.jp/info/2012/osaka/shimaikata2012.html



    浦辺恵子さんへ
    poku
    中村先生と 特に親しい方から教えてもらいました

    ”自分の死を考える集い”は
    毎月 第3土曜日 14時から16時
    場所は 京都 西院の「ラボール京都 4階
    阪急電車 西院 下車 徒歩 約 6~7分です。

    本が出た後 100人以上の方が出席されているそうです


    9月30日(日) 13時30分より
    大阪 大阪YMCA会館
    定員 300名は満員締め切りのようです。


    仏陀・仏教では「生・老・病・死はない」と解いています。
    大川 富男
    17才のとき、余命宣告を受け死を覚悟した!!
    「命は大切」っていうけれど命って何?
    「死」っていうけれど死って何?
    「生きる」って、どういうこと?

    17才のときで、未来が真っ暗になり、暗い青春時代になってしまいました。
    毎日「死とは何か?」とか「生きるとは何か?」どうしたらいいのか自問自答、哲学書などを読みあさる毎日、そして眠れない日も時々ありました。
    でも、いろいろな本や文化人の講演や宗教の本や宗教団体などを見に行き、いろいろなことを学び、各種のセミナー40ほど受講。そして人生の師に三十代に出会い、たった1回の師の講演を聞いたとき、今まで自問自答してきたことが、すべて解けてしまいました。
    師はインドで聖者に導かれ瞑想の修行をして、悟られた方です。詳細は、以前の日記で書きましたので、省略します。

    仏教系の大学にいっていた時に、仏教の授業を受けていたときに、ブツダ・お釈迦様が「生・老・病・死はない」と説いていたことが。まったく理解できなかったことが師によって、理解できるようになりました。

    生・・・・誕生する・生まれる
    老・・・・老いる
    病・・・・病気になる
    死・・・・死ぬ
    この4つはない。今のお坊さも、人間は必ず死にます。っといっています。あなたも、バカなぁと思いましたか。
    人間は生まれて老いて病気をして死ぬのは必然!!
    死ぬのは100パーセント、絶対と思っていますね。私も、そう思っていました。何故か?
    人間・肉体が生きていると思っていました。あなたも?
    人間・肉体は生きていません!!
    生かされているのが真実です。考えてください。肉体に生命が宿って、入って肉体は動くものとなります。肉体に生命が宿らず・入らず、赤ちゃんが生まれてくると、死産・死体・死人というのでは。
    私たちは、人間・肉体から生命がぬけると死体・死といいます。
    肉体は生かされているということに気づきましょう!!
    生命に生かされているのです。だから生命と書きます。
    生きているのは命と書いて「生命」です。
    命が生きているのであって、肉体は生きていません。
    肉体は命によって、生かされている、動かされていることに気づいてください。
    肉体には1点の力も知恵もないのです。
    力や知恵は生命にあるのです。

    昔から「自分探し」「自分とは何か」という答えを人類は求めてきました。答えを気づきましたか!?
    昔。このことに気づいた方がいました。2人の方です。
    イエス・キリスト
    「吾は血や肉や姿・形に属するものにあらず、吾は生命なり!」
    ブツダ・お釈迦様
    「宇宙即吾」(宇宙生命は即、自分である)

    ここで、さらに気づいてください。
    「生命」はたくさん、無数にあると思っていませんか!?
    違います。「生命」は「生命力・生命エネルギー」といって、区切れません。
    「宇宙生命・唯一不二の生命・無限生命」と表現されるように、宇宙代の生命・エネルギーがあるだけです。形も色も臭いもないので気づかなかっただけです。
    宇宙大の生命が「人間・動物・植物・鉱物」に宿って、すべての万物を生き動かしていることに気づいてください。
    万物「人間・動物・植物。鉱物」は、生きていません。生かされているだけです。
    わかりやすく、言いかえると電化製品(テレビ・ステレオ・洗濯機・電子レンジ・冷蔵庫ほかたすう)と同じです。
    これらの電化製品を動かしているのは電気です。電気が流れなければ、ただの製品・箱です。何の役にも立ちません。電気によって動かされているのです。
    その電気が人間・動物・植物・鉱物では生命にあたります。
    もうわかりましたね。
    「生・老・病・死はない」ということが。
    人間・肉体は自分でないので、生まれる・老いる・病気をする・死はないのです。
    人間・肉体・動物・植物・鉱物は、生命が身につけている衣装・洋服ということに気づいてください。
    着ている衣装・洋服で、人間か動物か植物か鉱物になるかが決まるだけです。
    その生命は肉体に潜在して(潜在)意識という名前に変わっていくだけです。または、魂・霊魂・心・精神などなどの表現をします。
    母親を「おかあさん・かあちゃん・おっかー・ママ・課か、ほか多数」のように呼ぶように。
    面白いですね。
    このことに気づき、余命など存在しない,死などないことがわかりました。生命はエネルギーですから永遠です。
    死とは、肉体がなくなるだけです。『生命は大切?』ではなくて「肉体が大切」なのでは!生命は、自由に使うことはできません。肉体を大切にして、できるだけ長く生命が宿って入れるようにする方法しかありません。そのほか、面白いことに気づきました。

    このようになることを、作家・脚本家・漫画家・映画監督・シナリオライターなどに知らせてください。これらのかたがたが、映画やテレビやアニメなどで世界中に発信して、多くの問題の解決に使ってほしいですね。すべてのものは、たった1つの生命に生かされています。約70億の人間が、たった一つの生命で生かされているのです。だから心はひとつ、すべてはひとつなのです。
    言葉や国や宗教や肌の色や思想が違っても、ひとつの命で生かされているのです。みんな兄弟・家族・自分なのですよ!!
    これがわかれば戦争・差別・犯罪などが無くなっていきます。


    大川富男さんへ
    poku
    生 老 病 死をこえたお話 ありがとうございました


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