心から心へ いのちからいのちへ         講演のお知らせや 皆さんからいただいた感想をアップさせてもらっています 人のご縁や自然の中で生かされていることをちょっと心を緩めて書かせてもらいますね              
    9月4日 紀伊半島大水害から3年がやってくる

    あの日の事 あの出来事は忘れない

    紀伊半島には甚大な被害が

    那智勝浦の親友と連絡が全くとれずに 山津波に流されたのかと思った日

    携帯に本人から連絡がきて 生きているとわかった時 
    「人は生きているだけで誰かを幸せにしてる・・」と思って携帯画面に向かって何度もおじぎをした日

    閉鎖されていた道路が 一日3回だけゲートが開くことがわかり 物資を積み込み無謀にも出かけたあの日
    結局は 何もできなかったけれど

    被害を受けた家の前で 彼女が笑顔で迎えてくれたことは忘れられない

    生きててくれて ありがとう それだけしかなかった
    他のことは もう何も頭に入ってこなかった
    涙すら出なかった

    涙がようやく 出たのは その日の夜になってからだった

    那智の滝4

    福知山 丹波市 広島 被害が続く中 那智勝浦のあの日が思い出される
    那智勝浦の姿を見ているから ニュースでみる様子が他人事とは思えない

    紀伊半島大水害から3年 今年も慰霊祭が行われる
    町中にサイレンが鳴り響くのだろうか 

    1年目の慰霊祭は 大雨と雷の中 テントから水が漏れてすごかった
    知り合いのお坊さんたちが沢山足を運んでくれていた

    それぞれの思いの中 今年も慰霊祭の日がやってくる
    悲しみは消えることはない

    でも人は また立ち上がっていく 
    たとえ 元気に立ち上がれなくても 悲しみの中でも それでも人は生きて行く

    心が震えたあの日から 3年

    市野々小学校 当時小2で亡くなった 景都君(けいとくん)
    復旧した市野々小学校 子どもたち 元気に頑張っているからね

    P1100454_convert_20121217233656.jpg

    景都(けいと)くんへの思いを込めて 市野々小学校の子ども達が描いた大きな絵 

    右上の大きな子は景都君 そして他は市野々小学校の当時の児童の数の絵
    左上には ヤタガラスが見守ってくれている

    景都君 みんなを見守っていてねという思いを込めて 描いた絵

    震災 災害で亡くなった方々も 遺されたものもどちらも苦しいね
    行方不明の方 早く家族のもとに帰れますように

    亡くなった方々 頼むから 見守っていてね 

    人の気持ちは様々な中 それでも9月4日はやってくる
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    [2014/09/03 21:08] | 紀伊半島大水害  震災

    ありがとうございます
    岩本ひろ子
    長かったような 短かったような・・
    3年という時間 自分が自分でないような 夢うつつの日々でもありました。
    夜中の2時 翌日が休みなので 夫は夜更かし。防災ラジオの放送を聞いて 起こしてくれなかったら 1階で寝ていた私たちは どうなっていたでしょう。
    一階が生活の全てという私に残ったのは 和服のみ。2階に干していた洗濯物だけが助かったのでした。
    停電・断水・ガス・トイレ・風呂・台所 全部ダメ。携帯の充電もなし。行方不明の捜索が周辺で続けられ 上空では 報道のヘリが飛び ただ事ではないことを感じながらも 早く片付けしないと 焦りながら 作業した日々。
    ラジオも入らず 周囲の状況しか わからない。 家族の元へと歩く人 自転車に乗る人 車が通れるようになるまで 時間がかかりました。道路にも規制がかかり 災害復旧車が最優先で 個人の車は自由に通してもらえませんでした。
    借家住まいの人や引越しを決めた家庭は ゴミとなってしまった家財道具を 放り出し 新しい住処を求めて出て行かれた。
    車が5台も流れてしまい 一台のみレンタルできたので何をするにも不便でした。 
    避難指示が出ると 家を出なければならず 窓ガラスもなく かぎもかからず 開けっぱなしの住居に泥棒が入ったとか いろいろとうわさも流れました。
    残った人 戻った人 新しく住人となった人。
    自分の住まいが 安全な場所なのか どう動くのが賢明なのか 未だに 答えは出ない。
    過去に学び 学んだことを 伝えていくこと。
    生きることが つらいと 思う暇もないほど 忙しく過ごしてきた。小学生3年生の子どもは6年生になった。
    学校があったから 住み続ける決断をしてこれた。学校が再開したから 子どもを家に連れて帰った。転校したいと 家を引越ししたいと 涙を流したことも忘れて 今も 学校が大好きだ。
    多くの支援を受けて平和な今があります。
    ありがとうございます。

    この日 
    岩崎順子
    大水害から3年 あの日のことを経験したいわもっちからの文 心に沁みます


    > 生きることが つらいと 思う暇もないほど 忙しく過ごしてきた。小学生3年生の子どもは6年生になった。
    > 学校があったから 住み続ける決断をしてこれた。学校が再開したから 子どもを家に連れて帰った。転校したいと 家を引越ししたいと 涙を流したことも忘れて 今も 学校が大好きだ。

    気持ちをその都度 聞かせてもらってありがとう
    今回は 特にこのことが心に響きました(;;)

    今度 卒業式だね
    市野々小学校から旅立っていくんだね


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